Tokyo Contemporary Art Award

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山城知佳子

※本インタビューはオンラインで行いました。

生まれ育った沖縄を拠点に現在も活動する山城知佳子は、沖縄特有の複雑な歴史と地理的・政治的な問題を自身の身体を媒介に探求し、主題そのものが内面化するまで作品世界に深く沈み込むように映像作品を制作してきた。

近年では沖縄の状況にとどまらず、東アジア地域で取り残されてきた人々の声、体、魂を探る創作に取り組む。被抑圧者のアイデンティティ、生と死の境界、歴史的記憶の移り変わりをテーマに、詩的な映像とパフォーマンス、物語や歌の持つ力を最大限に羽ばたかせる映像表現に挑戦し続けている。

昨年度に続き、今回のアワードもまた世界的パンデミックの状況下、リモートでの審査が進められた。受賞作家にとって本来計画していた渡航や移動などが困難であることは新作の制作に大きく影響している。

「海外でのリサーチは全くできませんでしたし、撮影コストも倍近くかかっています。出演者に個別の部屋を用意する必要があったり、マスクと思わせないための苦肉の策で変な衣装になったり・・・立ち上がった物語を通常の形で撮れないという問題に直面していますが、そんな状況でも制作を続けていくことができるのは不安の解消にもつながっています。TCAAの受賞も、やめちゃいけないよ、作品をつくっていくべきだよという声として受け止めました。主催者の方々の文化芸術活動を止めず、でき得る限りの努力を続けていくという姿勢にとても励まされました」(山城)

近年、山城の新たな代表作となったのが2019年に制作・発表された《チンビン・ウエスタン 家族の表象》である。各所で上映されるごとに観るものに鮮烈なインパクトを与える快作だ。
山城の映像作品では常に細心の注意深さで音楽が使用されている。ときには呪術的に土着の集団的な記憶を呼び起こす役割を担ってきた。
いっぽう、オペラ仕立ての本作ではこれまで以上に音楽が重要な鍵を握る。主要な登場人物を演じるのは美声のテノールや沖縄芝居の俳優。生活感あふれるダイニングキッチンや西部劇風のバー、そして荒涼とした鉱山の採掘場を舞台に、朗々と冴える歌声が物語を運んでいく。「つらね」と呼ばれる琉球歌とオペレッタ調の楽曲とが溶けあい、人物たちの引き裂かれたアイデンティティの葛藤を絶妙に表現する。

「作品づくりには流れがあり、脈々と繋がっています。撮影中に次作のビジョンが見えてくる、その繰り返しが続いていることが幸せですね。《土の人》を作った頃には声を追いかけていて、記憶の声を感受しました。《チンビン・ウエスタン 家族の表象》では自分の声で発話して、自分たちの物語を語りたいという欲望が出てきました。沖縄という土地の大きな歴史の流れに囚われると、戻ってこられないほどガシッとつかまれてしまう。そこに気持ちよさも息苦しさも覚えながら、10年くらいかかり、ようやくここに住む自分や多くの人々が自身の声で話し始めた。でも急には言葉が出てこない。言いたいことが言えないとき、微妙なところを表現しやすい歌にのせることでアウトプットすることができた。歌の力を頼りにつくった作品です」(山城)

沖縄に拠点を置き、多様な歴史観やビジョンを持つ人々とともに暮らしながら制作してきた。隣に座っている同郷人と自分自身のそれぞれの当事者性を意識しながら、沖縄の抱える問題を作品化することには、本土に住む者の想像を超えたデリケートな機微があるはずだ。山城の過去の作品すべてにおいて、作家自身の主張や思想をわかりやすく顕にするような表現を微妙な手つきで迂回する手法をとっていることに気づく。

「沖縄は小さい島なので、昔から例えば新しい米軍基地や軍港の誘致など、政治的なことを本音でぶつかり合わないように互いに気遣う傾向はあります。どの立場にあっても誰もが郷土や海を愛しているという確信を共有しているから、その信頼のなかで本質的なところに言葉を投げかけるような作品をつくりたい。またさらに国や地域を超えて、戦争の歴史が残した傷跡に影響を受けながら生活する人々が存在し、いまコロナ禍の状況下で各地で分断が起こっています。県外や海外の人たちに対しても、抽象度を深めたアートの言語で問いかけることで、主題にアクセスしやすくなると考えています」(山城)

本作のロケ地である鉱山地帯は、海を埋め立てるため65年かけて山が削られ、600年もの間そこに住んでいた人々がいなくなった。残された10世帯ほどの集落もおそらく今後20年のうちにはなくなるだろうといわれる。戦後復興のために宅地や道路を作って沖縄の住民に貢献してきた企業が、いま米軍基地を作るために郷土の自然環境を破壊する。
この不条理な風景から、これから先に取り組む新作のインスピレーションも得たという。

「沖縄の風景らしからぬカリフォルニアの砂漠みたいな場所です。その一帯をリサーチしていたら、山の向こうから小さい子たちを乗せたスクールバスが現れた。まさかこんなところに子どもが?という場所で意表を突かれて、イメージが膨らんできました。とっくに更地になったと思っていた山の奥から忽然と人の営みが現れる。その感動から人々の生活を辿っていく物語にしたい」(山城)

一昨年子どもを授かったばかりの山城の関心は、幼い子どもから10代、20代の若年層へと注がれている。「沖縄県は離婚率や貧困率が高い。その根本的な原因や連鎖の構造についても、これまで踏み込んでこなかった領域を探りたい」という。

「作品がフィクションの世界に踏み込んでいくうちに、映画的なアプローチに関心が高まってきています。とはいえ映画を作るというのとはちょっと違う。アートの映像と映画の力を少し借りた演出の狭間で揺らいでいたいというところがあります。なかでも会話劇を掘り下げて、もう少しチャレンジしてみたい。突破口を見出すべく勉強中です」(山城)

今夏には東京都写真美術館でもうひとつの新作『リフレーミング』の発表が控えている。2015年にダンサーでパフォーミングアーティストの川口隆夫を沖縄に招いて撮影した作品《創造の発端―アブダクション/子供―》から5年の時を経て、再び川口を起用した。新作ではもう1人の出演者のダンサー・砂連尾理と共に物語の中心的な人物を演じるという。

撮影完了後も、長期間に及ぶ編集作業を通して、山城はさらに思考を続ける。この数年間の作品制作に連綿と流れてきたモチベーションー自らの声を見出し、歌にのせ、さらにいま言葉に頼らず震える身体そのものに戻ろうとしている彼女自身の内面の動きを、時間をかけて編集段階で探らなければならない、と山城は語った。

この世界に時空を超えて遍在する抑圧と痛みの記憶を炙り出し、それを捉え直すための媒介として、自分や他者の肉体を駆使する。そうした山城の表現における身体性とは、リアリティとイマジネーション、ドキュメンタリーとフィクション、この世とあの世、個人と社会、自分事と他人事の境界を曖昧にしつつ、それらの間に強固な橋を架けるための重要なファクターといえるだろう。身体表現のスケールをより一層拡張しようと試みる山城知佳子の今後の展開が大いに期待される。

インタビュー・テキスト:住吉 智恵

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