Tokyo Contemporary Art Award

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風間サチコ

暗雲垂れ込める黒々とした木版画の手法で、現代社会の事象の根源を「過去」に探り、危機感に満ちた「現在」、そして不穏な「未来」への警鐘を執拗なまでに描き込む。そんな独自の批評性に基づく作品を制作し続ける風間サチコ。本アワードを受賞し、2年間にわたる活動支援を受ける風間の覚悟にはただならないものがある。「社会への啓発を込めた私の作品を寛大に受け入れ支持してくれたことに、自由精神を守る最後の砦ともいえる美術の希望を感じます」と力強く語る。

選考委員によるスタジオ訪問では、自宅兼作業場である日本家屋に上がり込んだキュレーターたちが、創作の資料として収集した膨大な量の古書を手にとりながら具体的な解説を受けた。これは漫画風のタッチに擬態・変換させた作風の背後にある、綿密なリサーチに裏づけられた考察への理解を深めることとなった。「作品をつくるうえで、古本のなかに宿る、現在伝わっている歴史観とは違う、生々しい空気が重要なんです。それを目の当たりにした海外のキュレーターが、私と同じように『うわ、ヤバイね』と反応してくれたことは大きな収穫でした」と風間。部屋の壁には「シュトゥルム・ウント・ドランク」という標語を彫った木版画が、「疾風怒濤の精神を忘れてはならじ」と自身を鼓舞するために25年前から掲げられている。それを見つけて深く納得した選考委員とは特に心の通じ合う手応えを感じたそうだ。

風間の作品世界では、万物は誇張に近い激烈な描写で表現される。テクノロジーを駆使すれば簡単に没入感や刺激を与えることもできる現代、黒一色の木版という伝統的な平面表現だけで熱量や迫力を伝え、観るものを啓発する。その視覚的なコントロールの技術は高く評価される要素の1つだ。「こう見せたいという欲求が溢れすぎて、やりすぎ感たっぷりの盛り盛りになってしまうんです。その過剰さがナンセンスや滑稽につながることも意図しています。いま時代の写し鏡でもある現代美術の表現がスタイリッシュになりすぎている気がして。黒のインパクトと彫りのタッチという木版の特性を最大限に使い切ろうとすることが、ロマン主義的な誇張表現につながるのかもしれません。観る人にとってザワザワとしたものを呼び起こす材料になればいいと思っています」と自負する。

歴史や社会の闇にたいする主観的な怒りや妄想を、俯瞰的視点にもっていくことで、社会に接続する作品性に昇華するプロセスはまさに風間独自のものだ。「歴史的事実を知ったときの衝撃や憎悪を直感として大切にしています。さらに古本で情報を収集したり、現地の空気を嗅いでみることを重ねるうちに、人間が起こしたことの根本にあるどうしようもない業や欲望の連鎖にぶちあたる。何度も失敗を繰り返す愚かさに、ここまで酷すぎるともう笑ってやれという感覚へと移動していく。最近関心を寄せている能の世界でも、完成された様式美の根本に怨みや未練のような負の感情があるからこそ、現代人にとって共感がある。憎悪が美に転換する表現のヒントになっています」と語る。

2018年、原爆の図丸木美術館の個展では《ディスリンピック2680》を発表。構想期間4年をかけて戦前からの関係資料をリサーチし、優生思想が目指すディストピア的な理想国家のイメージを、過去最大の木版画でグロテスクに表現した。ここでは近未来の架空の都市ディスリンピアで展開される開幕式典が、虚実混濁するスタジアムを舞台に、毒々しい皮肉とユーモアを交えて描かれている。「いまこの時代がディストピアだと感じています。ネットニュースのコメントの罵詈雑言は本当に地獄の世界で、弱者を排除する不寛容な思想が氾濫して大きな流れになっています。私の作品はこうした社会への反動が発端にありますが、一方で、作家個人のエゴイスティックな美の表現欲求を守りたいという意識が強い。木版画という後世に残しやすい形で作品化することもそのためです。100年後にもし人類が生存していたとしても、AIに乗っ取られて人間的思考や感情が動かない時代が来るかもしれない。それでも、私のドギツイ作品を見た人に『不吉な感じがするから捨てたら祟られる』と思わせるところまで完成させたい。野心ですね」と風間は語る。後世の人類の想像力を煽り、憤りや怒りの感情をも揺さぶる呪術性を帯びたエネルギーはすでに風間の作品世界に宿りはじめた。いまこの世界で起きている禍々しい事象の根源に遡り、暗雲の未来への胸騒ぎをかき立てる創作活動に期待は高まる。

インタビュー・テキスト:住吉 智恵

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